過去俺

9/28 自画像の手入れ。石粉粘土はガッツリ盛って、ガッツリ削るようにしないとマズいかもしれない。細かい修正に時間がかかりすぎる。リューターで削るのは良いけど、細かいデコボコが本当に無くならない。いくらやっても。許せる範囲になかなかならないから、別の素材を使おうとも考えてるけどでいれば統一した素材で作りきりたい。混合はまた別のもので試す。

 家庭菜園の手伝いで、みょうがをしこたまとった。ノビルの時はとんでもないニオイがして辟易したが、みょうがは実に良い匂いだった。あれなら収穫を手伝うのも苦ではない。

 

 

9/29 グスタポ・イソエ展に行ってきた。練馬区の美術館でやっていて、そこには初めて向かう事になった。中村橋という駅で降りて、すぐのところにある美術館なわけだが、図書館と一緒の建物になっている。図書館に行きつつ、ちょっと美術館へも寄れるなんて実に良い考えだ。また、隣が小学校というのも良い。触れる機会が近くにあるだけで違うだろうから。

 そんなわけでみてきた。油彩とデッサンがメインの写実絵画だったが、私はデッサンの方が好みだった。油彩よりもグッと惹き付けられる感じがした。油彩は綺麗なんだけど、実を写していないように思えた。本物らしい色味とかカサツキとか、目に見える表現は油彩の方が勝っていたけど、デッサンにはそれをものともしない緊張感があった。見るという行動自体が持つひんやりとした緊張感というか、何枚もの写真を重ね続けていった末の輪郭の曖昧さというか。機械ではないけど、機能をひたすら追求していったような感覚になった。自分と重ねる分もあるからだろうけど。

 昼食も近くのチェーン店らしき店で食べた。餃子定食。餃子は全部食べられたが、ご飯は半分近く残してしまった。すると会計の時に店員のおばちゃんが「半ライスも出来ますから。」と言ってくれた。あんなに優しく言ってもらえるなんて思いもしなかった。残すというのは大体は悪なので、冷たい末路が待っている。仏のようだった。

 帰り、駅構内に本屋があったので寄ってみた。久々に漫画を買う。今敏さんの「夢の化石」、荒木飛呂彦さんの「来訪者バオー」、石黒正数さんの「ポジティブ先生」、山本健太郎さんの「ファイトじじいクラブ」。電車内で読み、家に帰ってからも読み、そのまま寝た。夢は幸せなものだった。細かく思い出せないけど、とにかく幸福感に溢れていたんだ。今日一日はなかなか無いような一日になった。

 

 

9/30 予備校からつき合いのある友達が、ついに漫画の連載を持つ事になったらしい。2日前にツイートしていたようだが、気づいたのは今日だった。素晴らしいし、嬉しい。同時に負けたくないような気もしてきた、気がする。

 今日は古着を売りに行くのにつきあった。久々の車の運転はやはり怖い。スピードもそうだけど、自分の感覚がゆるくなっているのがマズい。もうちょい気を引き締めないと事故る。

 古着屋なんて、ひょっとしたら初めて行ったのかもしれない。面白いけど、服選びは難しい。色の面でも形の面でも。Tシャツの柄とか、欲しいのがあるときは自分で作れたほうがいいのかな。そういうサービスが無いか探してみるのもありだな。

 帰りにパン屋兼ビール工房兼花屋兼アトリエのある店に寄った。花屋で暇を余らせていた時に、ふとトカゲが目に入ったので、ずっと見ていた。全長8センチくらいだろうか、青みがかった灰色と茶色がかった灰色の混ざった体色で、オリーブの鉢植えの周りをチョロチョロと動いていた。呼吸のリズムが独特で、4回ほど吸って吐いてをくり返してからピタッと呼吸を止めていた。10秒くらい経ってから同じようにまた呼吸をし出す。もう1匹いて、それは4センチくらいのものだったけど、同じように呼吸していた。緊張するときはまた違う呼吸になるのかもしれない。見ているだけで面白かった。